【10月号】源泉徴収義務者とは
2022.10.28
会社が社員の給与から源泉徴収すべき金額を誤り、徴収すべき税額を徴収しなかった場合はどのような取り扱いがされるのでしょうか。
源泉徴収漏れがあっても これから年末調整があるので、年末調整の中で精算されるから大丈夫と思っている方がいらっしゃるのではないでしょうか。
今回のTax Firm Newsでは、このような源泉徴収の問題について取り上げてみたいと思います。
1. 源泉徴収義務者とは
社員の方に給与や賞与を支払う場合に、会社はその給与から源泉所得税を徴収して国に納付しなければならないことはご存じだと思います。給与の支給人数が常時10名未満の場合で源泉所得税の納期の特例の承認に関する申請書を提出して(承認を受けて)いる会社は年2回、10名以上の会社は毎月10日に源泉所得税の納付が生じます。(ただし、常時2名以下の家事使用人のみに対して給与の支払いをする個人はその支払う給与等については、源泉徴収は要しません。)
この源泉徴収をしなければならない者を所得税法では「源泉徴収義務者」と呼んでおり(所得税法6条)、会社は源泉徴収義務者に該当します。
2. 裁決事例
では、源泉徴収義務者である会社が、給与から徴収すべき源泉徴収額を誤って少なく徴収してしまった場合、どのように対応すべきでしょうか。
年末調整や確定申告で精算されるため特に何の対応も必要ないのでしょうか。
この件については、平成19年1月12日に国税不服審判所で裁決が出されており、裁判においても同様の趣旨の判決が出されています。
裁決事例を見てみましょう。平成19年1月12日に出された裁決の概要は以下の通りです。
(1)事案の概要及び源泉徴収義務者(A社)の主張
A社は役員甲に付与した新株予約権の行使に係る経済的利益(いわゆるストックオプションのことで、給与に相当します。)に対し、源泉徴収をしませんでした。
一方で、甲はその新株予約権に係る経済的利益について、給与所得に係る収入金額に含めて確定申告をしています。
A社は次のように主張しました。
「源泉徴収制度は、申告所得制度を補完するものであるから、仮に、ある所得について、源泉所得税を徴収して納付すべき者(以下「徴収義務者」という。)が徴収すべき源泉所得税を徴収しなかったとしても、受給者(この場合は、甲)がその所得を確定申告し、納税すれば、結局、同源泉所得税額も国庫に歳入される以上、その時点で、国の徴収権は消滅するというべきである。したがって、受給者が確定申告をすれば、その所得に係る源泉徴収義務は消滅する。」
しかし、この主張に関する国税不服審判所の判断は以下のとおりです。
(2)判断
「源泉所得税の納税義務を負う者は、源泉徴収の対象となるべき所得の支払者とされ、その納税義務は、その所得の受給者に係る所得税の納税義務とは別個のものとして成立、確定し、これと併存するものであり、源泉所得税の納税に関し、国と法律関係を有するのは徴収義務者のみで、その所得の受給者との間には直接の法律関係は生じないものとされている。
また、所得税法第120条《確定所得申告》第1項は、所得税の確定申告書を提出しなければならない者について規定し、その申告書の記載事項として、第5号に、『源泉徴収をされた又はされるべき所得税の額』がある場合には、所定の税率を適用して算出された所得税の額からこれを控除した金額を掲げている。
この『源泉徴収をされた又はされるべき所得税の額』は、所得税法の源泉徴収の規定に基づき正当に徴収された又はされるべき所得税の額を意味するものであって、所得税法は、その所得の受給者が行う確定申告の際に、源泉所得税自体の過不足額の精算を行うことを、予定していない。
すなわち、所得税の確定申告を行う者に対して、本来されるべき所得税の源泉徴収がされていない場合又はその税額に不足がある場合であっても、その確定申告の際に、源泉徴収漏れの税額が、同人から直接徴収されることはない。
以上のとおり、源泉所得税の納税に関し、国と法律関係を有するのは徴収義務者のみで、その所得の受給者との間には直接の法律関係を生じるものではなく、また、その所得の受給者が徴収されるべき源泉所得税を確定申告により納税することはできないのであるから、受給者の確定申告によって、請求人(A社)の源泉徴収義務が消滅することはない。」
(3)裁決の要点
この裁決の要点は次の2点に集約されます。
①源泉所得税の納税義務制度と、所得税の確定申告を提出し納税する義務制度は、別個独立した制度である。
②源泉徴収義務者の源泉所得税の納税義務は、その会社の社員が確定申告をして納税したからといって、消滅するものではない。
3. 対応
(1)源泉徴収漏れが生じている場合
会社の源泉徴収義務は、その社員が確定申告をしたからと言って消えるわけではないことがわかりました。上記の裁決の結果を踏まえて、会社は源泉徴収漏れが生じた場合にはどのように対応すべきでしょうか。
社員の給与、賞与等についてですが、会社の源泉徴収義務がその社員が確定申告をしたからと言って消えるわけではない以上、会社は徴収漏れが生じた源泉所得税について、その社員から徴収しなければならないことになります。また、例えば4月支給の給与からの源泉所得税の徴収が漏れていた場合には、4月分の源泉所得税の納付も漏れていたということになりますので、その4月に遡って納付書の金額を修正し、納付をしなければなりません。
その際、ペナルティとして徴収不足額に対して延滞税が課されることに留意する必要があります。
また、もし、その社員が確定申告をしている場合で、会社が発行した源泉徴収票に誤った源泉徴収税額が記載されており、その社員がその誤った源泉徴収税額を確定申告書の該当欄に記載してしまったときは、その社員の所得税の納付税額も誤っているので、その申告書の修正も必要になります(源泉徴収漏れが生じている場合は、申告した所得税の納付税額は通常過大になっていますので、更正の請求を行って、その過納額を還付してもらう必要があります。)。
(2)源泉徴収額が過大になっている場合
これまでは、源泉徴収漏れが生じた場合について述べてきましたが、もし源泉徴収税額を過大に徴収してしまった場合はどうなるのでしょうか。
その場合には次の2つの対応方法が考えられます。
①「源泉所得税及び復興特別所得税の誤納額還付請求書」を提出して還付を受ける方法
②「源泉所得税及び復興特別所得税の誤納額充当届出書」を提出して後に納付すべき源泉徴収税額に充当する方法
①の「源泉所得税及び復興特別所得税の誤納額還付請求書」を提出して還付を受ける方法については、「源泉所得税及び復興特別所得税の誤納額還付請求書」を税務署に提出し、過大に納付した源泉徴収税額の還付を請求します。
②の方法では、「源泉所得税及び復興特別所得税の誤納額充当届出書」を税務署に提出して、その誤納額を、任意の月の源泉徴収税額からマイナスする処理を行います。
いずれの方法で対応する場合においても、その提出後、税務署からその誤った月の源泉所得税の納付書(「給与所得・退職所得等の所得税徴収高計算書」)のコピーや給与台帳などの書類の提出を求められ、非常に手間がかかった経験があります。
このようなことにならないよう、源泉徴収は正確に行っておく必要があります。1月が始まる前に各社員から「給与所得者の扶養控除等(異動)申告書」を回収して、その社員の扶養親族等の状況を正確に把握するともに、その異動があった場合には速やかに報告してもらう体制を作っておく必要があります。
これまで主に会社の社員の給与に係る源泉徴収について記載してきましたが、会社では、弁護士や税理士に対して報酬を支払っている場合もあると思います。それらの報酬について源泉徴収税額の不足額や過納額が生じた場合でも、納付や還付・充当の手続きは給与の場合と同じです。
報酬に係る源泉徴収漏れを防ぐためには、日頃どのような対策が必要でしょうか。
それには、どのような報酬を支払ったら源泉徴収されるのか、特にその会社で生じそうな報酬について事前に把握しておくのがよいと思います。報酬は数多くあるので把握するのは困難だと思いがちですが、源泉徴収しなければならない報酬は所得税法204条で限定されています。反対に所得税法で限定されている報酬以外の報酬からは源泉徴収をする必要はありません。例えば、コンサルタントに支払った報酬からは源泉徴収をすべきと思われていますが、源泉徴収すべきは、コンサルタントの報酬のうち次の①又は②に該当するもののみです。
①中小企業診断士の業務に関する報酬・料金
②企業の求めに応じてその企業の状況について調査及び診断を行い、又は企業経営の改善及び向上のための指導を行う人(経営士、経営コンサルタント、労務管理士等と称されているもの)のその業務に関する報酬・料金
この内容から判断すると、経営コンサルタント等以外のコンサルタントからは源泉徴収をする必要はないと思われます。
税務署には「源泉徴収のあらまし」という冊子が置いてありますし、インターネットからも取得することができます。それらの冊子や書籍等を参考に、どんな報酬が源泉徴収の対象となっているのかを、自社で生じそうな報酬に対してだけでも確認しておくことが有益だと思います。
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Tax Consulting Firm EOS Firm News Vol. 77
